大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島の
8つの島から成り立つ伊豆諸島は島ごとに特色があり何度訪れても新たな感動があります。


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大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島の8つの島から成り立つ伊豆諸島は島ごとに特色があり何度訪れても新たな感動があります。
伊豆諸島の地理
位置伊豆諸島はフィリピン海プレートの東縁にあり、フィリピン海プレートに太平洋プレートが沈み込む伊豆・小笠原海溝が島々の東方沖を南北に走っている。すなわち伊豆諸島は伊豆・小笠原弧と呼ばれる島弧の一部をなす。

最も北に位置する大島は伊豆半島の最南端である石廊崎よりも北にあり、相模湾の沖合、伊豆半島の東方沖にある島で伊豆諸島最大の面積を持つ(天気の良い夜には伊豆半島の海岸沿いを走る車のライトも見える)。ここから南西へ利島、新島、式根島、神津島と並んでいて、銭洲まで続く。海面下も続くこの高まりは銭洲海嶺と呼ばれる。神津島の東南東40km、大島の南南東60kmほどのところに三宅島があり、三宅島の南20kmほどのところに御蔵島がある。御蔵島の南方100kmほどのところにあるひょうたん型をした島が八丈島で、八丈島の南70kmほどのところに青ヶ島がある。青ヶ島が伊豆諸島における有人島の南限であり、これより南にある島(ベヨネース列岩、須美寿島、鳥島、孀婦岩など)は無人島である。

伊豆諸島は南北に長いので、気象・水産関係では北部と南部に分けて表すことがある。その場合、伊豆諸島北部は大島から神津島まで、伊豆諸島南部は三宅島から青ヶ島までをさす。更に詳しく表す時は「伊豆諸島南部」三宅島地方などと表すこともある。

黒潮は伊豆諸島を通過する付近で幅50〜100km、流速7ノット(約13km/h)にもなる。通常は三宅島と八丈島の間を流れることが多いが、蛇行して八丈島の南や大島近海を通過することもある。

伊豆諸島の島々はいずれも火山もしくはカルデラ式海底火山の外輪山が海面より高くなったものである。特に青ヶ島は世界でも珍しく一見して判るほどの典型的な二重式火山で、火口の中に丸山という小さな火山がある。御蔵島のような古く安定した島もあるが1983年と2000年の三宅島や1986年の大島のように活発な火山活動を繰り返している島もある。

行政区画は全島が東京都にあり、出先機関として東京都庁の下部組織である大島支庁、三宅支庁、八丈支庁が置かれている。日本では町や村は郡の下に続くが、伊豆諸島は例外として郡が存在しない。従って住居表示は「東京都大島町」のようになるが、八丈町や三宅村では「東京都八丈島八丈町」という表記が一般的に使用されている。なお、一部に管轄する支庁名を入れる表記(「東京都八丈支庁八丈町」)をする者がいるが、この表記は間違いである。

各支庁の所管は以下の通り。カッコ内はそれぞれの町村の区域にある主な島。

大島支庁
大島町(大島)
利島村(利島)
新島村(新島、式根島など)
神津島村(神津島など)
三宅支庁
三宅村(三宅島など)
御蔵島村(御蔵島など)
八丈支庁
八丈町(八丈島、八丈小島など)
青ヶ島村(青ヶ島)
このほかベヨネース列岩から孀婦岩までの島嶼は青ヶ島村と八丈町との間の所属係争の為、東京都が直接管轄している(実際の事務は八丈支庁に委託)。これらの無人島は日本の地方自治の最小単位である市町村にも属さない数少ない例外である。

伊豆諸島は、歴史的にそもそも駿河国、のちに伊豆国に属しているが、より近い静岡県には属さず、飛地として東京都に属している。実際、いったんは静岡県に属してから東京府(当時)に移管されている。これは、東京の財政が静岡よりも余裕があったからという説もあるが、後述のように江戸時代より航路が江戸のほうに開けており、物的・人的交流ともに東京の方がより緊密であったのがもっとも大きな理由であると言われている(歴史の項参照)。明治時代に静岡県に編入された際、島民や商人を中心として東京府への帰属を嘆願する運動も起きている。

言語
北部伊豆諸島方言-大島支庁・三宅支庁
八丈方言-八丈支庁

生物相
伊豆諸島は生き物の宝庫でもあり、ミクラミヤマクワガタやオカダトカゲなどの固有種も多い。健康野菜として注目を集めている明日葉は伊豆諸島が原産地といわれている。海では、イルカやクジラを見ることも出来、鳥島はアホウドリの繁殖地として知られている。

大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島の8つの島から成り立つ伊豆諸島は島ごとに特色があり何度訪れても新たな感動があります。